頭痛は、以前なら、どちらかと云えば精神科的あるいは心理学的な症状であったり、あるいは都合の悪い事を断るための口実と考えられがちなものでした。しかし、最近では病理学的な説明のつけられる病気になってきました。そのように頭痛に対する理解が変容してくるにつれて、頭痛が女性の生活にどのような痛手を与えるかについても、以前よりはるかによく理解されるようになっています。

例えば、思春期までは頭痛の男女比率は似たようなものですが、それ以後老年期に至るまで男性と較べてずっと高頻度なのです。あるいは、片頭痛とか緊張性頭痛といった危険性の無い(安全な)頭痛が女性に、ひどく高頻度に認められるということが分かっています。そして非常に稀にしかみられない群発頭痛のみが男性に好発するのです。また頭痛に見舞われる頻度が女性に高いばかりでなく、一旦頭痛が始まると、その程度は平均して男性よりもはるかに強いものなのです。

片頭痛は、女性特有の思春期、月経周期、妊娠、出産、授乳、閉経といったホルモン環境の変化に影響されます。しかし、そのようなホルモン環境の変化が緊張性頭痛に影響するかどうかは、はっきりとしません。

片頭痛や緊張性頭痛は安全な頭痛であると言っても、女性の生活に対する影響は決して「心配の無い」ものでは無いのです。これらの頭痛を持つ人は10代後半から20代に始まり、中年でピークに達します。ちょうど、そういった年代の女性はあらゆる面で忙しいのです。つまり、家庭に入り、両親を養い、キャリアも積んでゆくといった、もろもろの事柄に対して、頭痛は重荷になりえるのです。

●月経時片頭痛

女性片頭痛患者の約15%は月経前後の2〜3日間だけ頭痛があるのだと云われています。また月経時以外にも頭痛発作のある60%以上の女性が月経に一致して片頭痛が悪化する云われています。それゆえ女性の頭痛には月経周期が重要な役割を果たしていることが容易に想像されます。

月経時片頭痛を持つ大多数の女性には何らのホルモン異常も見いだされません。そういう事ではなく、もともと片頭痛をきたし易い素因というものがあって、その条件下で月経周期の間の生理的ホルモン変動が頭痛発作の可能性を増加させる引き金となっているのです。現在ではエストロゲン値が低くなる時が多くの女性にとっては頭痛発作の引きがねになると考えられています。月経時片頭痛の治療は、妊娠の可能性が無い限り、他のタイプの片頭痛で使われている物と同じ薬を使います。現在、世界で広く使用されている「トリプタン」という片頭痛治療薬は、かなり有効性が高いという話なのですが、日本では残念ながら未発売です。しかしもう間も無く発売されるとのことです。このように新薬に期待がかかるのも、従来通りの薬剤ではなかなか治療困難な片頭痛があるのだということの反映なのでしょう。

あらかじめ頭痛の発生する時期がわかっているような月経時片頭痛では、人によって頭痛発作が始まるまで治療を待つというよりも頭痛の発生を予防しようとするでしょう。月経時にしか片頭痛が発生しない場合には、イブプロフェンやナプロキセンのような消炎鎮痛剤の適量を、頭痛が始まると想定される二日前から服用を開始するのが有効です。頭痛をきたし易い時期が終われば、次の月まで服薬を中止します。その他の薬剤でも片頭痛の発生を防ぐ目的で使うことができます。

月経時以外にも頭痛をきたす女性、あるいは片頭痛の発生が不規則な女性の場合には、適量の片頭痛予防薬を使い続けるのが有効な手段かもしれません。頭痛薬の選択は、特定の頭痛パターンとタイプそして病歴から決まります。月経時片頭痛が発生する直前に服用量を多めにするとある種の片頭痛発作の予防に有効なことがあります。月経時片頭痛に対してホルモン療法が試みされることもありますが、必ずしも良い結果が得られるとは限りません。例えば少量のエストロゲンを、月経開始数日前に服用を始めると有効なことがありますし、また月経周期を消失させるような強いホルモン剤、例えば抗エストロゲン製剤のような薬剤を使えば、より強い頭痛を抑えることができるかもしれませんが、いずれにしろ可能性の問題です。そして子宮摘出術は月経時片頭痛の適切な治療とは云えません。

●経口避妊薬

エストロゲン値と片頭痛の間には相関があるので経口避妊薬が女性の片頭痛に対して極めて大きな影響があると言えるかもしれません。経口避妊薬の服用により片頭痛が改善する場合もあるかもしませんが、一般的には経口避妊薬の服用によって片頭痛が悪化することが多いのです。このような影響は経口避妊薬の服用直後から現れる場合もありますが、長期服用後に初めて現れることもあります。経口避妊薬は、片頭痛の素因はあるもののそれまでは一度も頭痛をきたしたことのない女性に片頭痛を誘発させるものなのです。そのような場合、薬の服用を止めても片頭痛はすぐには改善せず何ヶ月も続く可能性があります。

経口避妊薬については別に、片頭痛患者の脳卒中のリスクを増大させるという指摘もあります。つまり前兆を伴う片頭痛を持つ女性が経口避妊薬を使っている場合には脳卒中のリスクがわずかに高くなるのです。ただ、若い女性の場合には元々脳卒中の頻度は低いものなので、実際に脳卒中をきたす頻度がさほど高くなることは無いのです。しかしそのリスクは女性の加齢とともに高くなり、特にその女性が喫煙している場合にはいっそう高くなるという点には注意を要するでしょう。

●妊娠と授乳

女性に片頭痛が最も好発する年齢は子供を抱えることになる時期に当たるということは重大な点です。片頭痛を持つ女性の約25%では妊娠中も頭痛には何の変化も発生しないという報告もありますし、妊娠後や出産後初めて片頭痛を経験することもあります。とはいえ妊娠とともに片頭痛が改善するということは多くの女性が経験することです。その原因は恐らく血中エストロゲン値がそのような期間は高いレベルにあることと関係があるのでしょう。月経時片頭痛を持つ女性はこの期間かなりの確率で頭痛の消失ないし改善を経験するという傾向があります。ただ、妊娠および授乳期間中の片頭痛対策には決定打がないのです。それゆえ一般的な対策としては薬物療法は行われません。結果的に片頭痛の引き金となる物、特に食物に関する事に注意し、そのような物を摂らないように気をつけ、運動療法やバイオフィードバック、あるいはその他の安静を保つような療法が対策になります。

妊婦にとってまったく安全な薬物は未だに存在しないのですが、比較的に危険性が少ないだろうと考えられている幾つかの薬剤があります。それは、アセトアミノフェン、コデイン、カフェイン、アスピリンといった薬物です。欧米では、片頭痛の痛みが強い場合に麻薬性薬剤であるコデインを低用量使用することもあるようですが、日本では習慣性の問題もあり、なかなか使われることは無いようです。アスピリンは妊娠終末期には服用べきではありません。なぜならば、それは子宮収縮を抑制する物質であるため、出産時に思わぬ出血をまねき、母体と新生児に危険を及ぼすかもしれないからです。イブプロフェンやインドメサシンといった非ステロイド性抗炎症剤(NSAIDs)は使っても48時間以上は服用していけません。なぜなら、そのような薬物は陣痛を抑制し、そのため出産が遷延することになるからです。欧米では頭痛対策もですが、吐気・嘔吐を伴う片頭痛が多いために制吐剤による、吐気・嘔吐対策も強調されます。つまり一般的な制吐治療薬は、ごく低用量のみ、それもたまに服用するというのであれば、安全であろう考えられています。

授乳期の片頭痛対策も同様に考えればいいでしょう。乳児は母親が摂取している物を受け入れることになるので、可能な限り薬物を服用しないのが安全です。どうして薬物が必要という場合には、血中半減期の短い、例えばイブプロフェンのような薬剤を使用し、数時間後に搾乳するようにしますが、その間は調合乳や保存しておいた母乳を与えるようにします。とはいえ、片頭痛のある女性は、婦人科や神経内科医やかかりつけ医にきちんと相談する必要があるのは申すまでもないことでしょう。

●閉経

閉経時になると、一般的に大部分の女性の場合には片頭痛が平均的にしのぎやすいものになります。例えば前兆のある片頭痛を持つ女性は、前兆のみで頭痛が消失してしまうこともあるでしょう。自然閉経後、頭痛の程度が60%ほど楽になったという報告がある一方では外科手術(子宮摘出術)後では、その程度が30%にとどまるという報告があります。

女性の50%〜60%は閉経後に更年期障害と呼ばれる症状や、あるいは骨粗鬆症とか心疾患に罹り易いといった健康上の問題を抱えているのです。そのような問題はホルモン補充療法で治療できます。その療法には今もって問題がある事も否定できませんが、ホルモン補充療法の利点がその危険性を上回っている場合がほどんどです。その危険性とは、子宮癌と乳癌および凝固系異常をわずかにきたしやすくするというものです。

片頭痛のある女性については、ホルモン補充療法が頭痛に対して有効か否かを予想することは困難です。ある女性には有効でも、別の女性には逆効果だったりします。子宮癌の確率を低くするため、子宮切除を受けていない女性については、エストロゲン投与と平行してプロゲステロン投与が行われることがよくあります。

参考:http://www.achenet.org/